■森の住人
昆虫デジカメ採集
八ケ岳山麓は昆虫の種類が豊富だ。
豊富な筈だ、草むらでは旺盛な交尾がそこかしこで見られる。
年老いてから、昆虫たちに魅せられてしまった。デジカメを手に昆虫採集を愉しむようになったのである。にわか採集者ゆえ、図鑑と首っ引きで種別をしているが、間違いもあるだろう。
読者のご指摘を請うところである。 |
昆虫採集に夢中になった。
荒川じんぺい
ぼくは、八ケ岳南麓の集落に住んでいる。周辺にはとうぜん広い森がたくさんあり、毎日の散歩コースである。森の周辺は下草やススキが生い茂り、低木が繁茂し、その上をさまざまな蔓草がおおい藪をつくる。そうした藪も山野草の花々は美しく咲き、昆虫たちが集まっている。
普段、小さなデジタルカメラをポケットにの散歩が、習慣だ。気になった対象は何でも撮る。現像に出さなくてすむデジカメは、なんと便利なものかと愛用している。
夏は、どの昆虫たちも繁殖活動に忙しいようだ。花といわず、葉の上や裏や幹にと、どこにもいる。近くで観察すると、どれもが交尾の最中ばかりが多いのに気がついた。滑稽でなんとも楽しい眺めである。そんな昆虫たちを眺めていると、好奇心がわいてしまった。
タラの枝では、シロコブゾウムシが交尾中。デジカメの撮影メニューを花マークに切り替えると、ぎりぎりまで近づきシャッターを押す。その途端シロコブゾウムシは交尾したまま地上に落ちた。それでも、繋がったまま動かない。帰宅し、図鑑を開くと、死んだ振りをするのが特長だと分かった。何ともおもしろい虫である。最近は、さまざまな図鑑を手の届く場所に置き、観察した昆虫を確認する癖がついた。
森の縁に、ガクアジサイが満開だった。白い花に見とれていると、ハチが群がっている。首から吊るした老眼鏡を掛けると、ハチではなくヨコスジカミキリムシが交尾中だった。周囲のどの房の上も、何組もが重なっている。
メスの背中に乗ったオスは、尻から半透明な触覚のように細い管が伸ばす。尻から四ミリ程伸びた生殖管を、自分の後ろ足二本で挟み、引っ張りだす。何度も挟んでは引っ張り、八ミリ程伸びたところで、メスの尻の生殖穴に差し込む。メスに差し込んだ途端、腰を前後にピコピコと振る。全長二〇数ミリの体であるが、オスの本能を見たようで、なんとも涙ぐましいものだと感動してしまった。
メスはその最中にも、無関心のように花粉を食事中だ。その仕草がおもしろく、いつまでも見とれてしまった。人さし指を差し出すと、メスは重なったまま指に移ってきた。かわいそうなので、また花の上に静かに移してやった。
ガクアジサイの上は、ベニホタルやゴミムシもいて大賑わいだ。昆虫採集に異論を唱える声も聞くが、昆虫たちの旺盛な繁殖行為を見ると、少々の採集で絶滅する種はいそうもないと思ってしまう。
突然、「こんにちはー」と数人の女の子の声がかかった。振り向くと、近所の小学生たち四人だ。「おじちゃん、何しているの? 」
麦藁帽子をかぶり、水着を入れたビニール袋を提げプールの帰りらしい。
昆虫たちの秘め事を覗き見して後ろめたさからか、とっさに返事が出来なかった。「こ、こん、こんちゅう採集……だよ」と、笑顔をつくった。
「網もってないじゃーン」と別な子が叫んだ。
「おじさんの昆虫採集は、写真での採集なんだよ」
少女たちは顔を見合わせ、「へエー、それも採集っていうんだー」
と、不思議そうな顔をしていた。うなずきながら連れに目配せすると、スキップするように歩きだした。
離れていく少女たちから「へんな、おじさんねぇー」というささやきが風に乗って聞こえてきた。「昆虫の世界を多くの人に知らしめるには、撮影が基本なんだぞー」と、子供たちに叫んでやりたかった。だが、ていねいに説明するべきだったと反省した。書籍の図鑑は、写真の撮影から成り立っているのだから。
撮影画像をパソコンに取り込み整理すると、蓄積したデータはやがて昆虫図鑑になるとはじめたのだ。だが、昆虫図鑑では分からない種類の昆虫がなんと多いことかと知らされた。ぼくたちの周辺には、虫たちでさえ未知の世界で溢れていることに気づかされてしまった。
インターネットで検索すると「昆虫エクスプローラ」(http://www.insects.jp/)というサイトがあった。分類や環境や季節はもちろんのこと幼虫からでも種類を検索でき、名前を知ることができた。それにしても、昆虫を趣味にしている人がなんと多いことか。
サラシナショウマには、ツマグロヒョウモンのメスが止まっていた。蝶の撮影は、羽を動かすうえ風にもピントを狂わせられる。五〇枚ほどの撮影で、ピントのあったのは八枚ほどだった。この房状の花には、キイロスズメバチも止まっている。互いにけん制しながら蜜を吸っていた。二〇センチほどに接近しても、まったく夢中だ。恐る恐るシャッターを押していた。ぼくのパソコン内には多くの標本が集まっていたが、やがて撮影画像に不満を持つようになった。
撮影対象に一〇ミリまで寄って、超接写撮影できる機種があると友人のカメラマンに教えられた。カメラを三脚に固定し、自動焦点のピントマークを左右に動かし合わせられるという。つくづく欲しくなって購入してしまった。
ススキの葉にカメムシがいた。いままで、この姿を見ると踏み潰すか追い出していた。一〇ミリまで寄ってモニターを覗くと、形と色の美しさに驚いた。昆虫の魅力は、形だと思っていたが、色彩の豊かさに圧倒された。拡大された画像に興奮してしまった。
オニヤンマを撮影すると翅に傷があった。この時期の昆虫は、子どもらに捕獲網で追いかけられて大変だ。それにしても、目が緑の宝石のようだった。撮影対象になる昆虫はいたるところにいる。還暦を過ぎ、子どもに戻ったように昆虫を追いかけている。
ここに掲載する写真は、そんなぼくの収穫である。
▲Baku
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